草 連 玉(クサレダマ)
小林 茂 光 
 (昭和30年卒)

 前夜のうちに皆と話合って最終日の今日は早めの出発に決め朝六時から探鳥と山野草探索に出発した。八月の上旬、酷暑の下界を尻目に信州の高地、姫木平の朝は爽快だった。
 鳥仲間からの新情報で期待薄とは思われたがコマドリ、ミソサザイ、ツグミ科の鳥達に会える願いを込めて双眼鏡だけでなく、大きな三脚を付けた望遠鏡も担いで出掛けた。
 懸念した通り、小鳥達には会えないので小生の出番は中々やって来ない。しかし今朝も高地の草花には予定通り沢山に会う事が出来た。山野草に詳しい皆さんの仲間入りするためには私も少しは名前を覚えなければ、と努めてはいるが急には無理なので取り敢えず黄色い花から名を覚えようと方針を決めた。

 アキノキリンソウ、オミナエシ、ジシバリ、オオマツヨイグサ、ハハコヨモギ、サワギク、シナノオトギリ、キリンソウ、タンポポ、ウマノアシガタ・・・黄色い草花だけに限っても一朝一夕には覚えきれない。

 重い三脚付きの望遠鏡を担いで歩き始めて間もなく黄色の花も色々出はじめた。 或るグループの名を山野草に詳しいM夫人に聞くと「クサレダマ」との事だった。

 語彙が貧弱な小生には「腐れ玉」と聞こえたので、異な事を仰せられるものよと、怪訝な顔でいるとニッコリ笑って「クサレダマ」と親切に繰り返し教えてくれた。

 今日はそれぞれが自宅へ帰る日でもあった。M夫妻と別れた後、多摩への帰途に尖石遺跡(とがりいしいせき)に立ち寄って、更に奨められた入笠湿原(にゅうがさしつげん)にもわけ入った。ここは山野草の絨毯で家内はメモ帳片手にすっかり満足の態で見て廻り、私はと言えば例の「クサレダマ」の群落をはじめ多種類の黄色な花を付ける植物が花盛りで、更にフラストレーションが溜まって来た。

 煮つけても佃煮でも美味しいキャラブキさえもが鮮な黄色な花をつけていた。 黄色な花だけと言っても、そんなに簡単な事ではなかった。

 しかし、そんな時は良くしたもので、野鳥の方のサービスは充分に受けられた。車を停めた茶店へ戻ると高木の天辺(てっぺん)でシロハラが美しい声で囀っている。先日来、声はすれども姿が見えずという日が数日続いた大変に気懸りな美しい声の主である。今日は少し逆光気味ながら見通しの良い場所で長い間、姿と歌声を堪能させて貰えて、あの美しい声の主がシロハラである事が図鑑で確認できた。

 途中の尖石遺跡でも、我々の到着をメスの雉が出迎えてくれ、更に帰る間際になって、イカルが見通しの良いヒマラヤ杉の最上部で黄色な嘴の美しい姿と声で見送ってくれたので草花で溜まった不満が充分癒された。

  高速道路を運転する前は何と言っても心落着いた状態でスタートしたいところだった。
 無事に帰宅すると、すぐに山溪カラー名鑑『日本の野草』の索引でクサレダマを探したら、すぐに緑を背景とした黄色な花の写真が見つかった。

 横の解説には私の心を見透かすかのように"腐れ玉ではなく、マメ科の低木レタマに似た草の意味であって、別称の硫黄草は花の色に由来する"野や山の湿地に生える多年草"とあった。詮索癖のある私には、草本(そうほん)でなく、名前の元となった木本(もくほん)のレタマとやらも詳しく調べたくなって近くの図書館へ足を運んだ。

 連玉は当て字で実際にはレタマ(Retama)でマメ科の低木、春にエニシダに似た大型で黄色の花をつける。

 カナリア諸島原産とあり、グランカナリア島ラス・パルマス市の美しい邸宅を巡っていたカラフルで鮮やかな草花に四十余年の時空を超えて思いはすぐに飛んで行った。

 低緯度地帯だが、近くを寒流が流れ、美しい常春の楽園であるこの町は金持達の別荘地でもあった。コロンブスの欧州最後の寄港地で、避寒地・観光地として北欧の人々の憧れの地である。

 豊かな暮らし向きの邸宅は白亜の塀をめぐ廻らせて、この島では貴重な水を草花に贅沢に与えて綺麗に垣根や庭を整えていた。

 屋敷の壁にはこれ見よがしに色とりどりのゼラニウムやペチュニアを飾り立て屋内から外へは緑が枝垂れ、黄色い花が白壁に映えていた。

 いま、あの時の光景と、レタマに違いないエニシダ様の黄色い花を鮮明に思い出した。
 借景と言う言葉があるのだがあの地での金持ちの家の様子はまさに貸景と言う造語を与えるに相応しい。

 白い塀と明るく鮮やかな花を背景にすると観光客や現地のスペイン人少女達、セニョリータの顔が華やいで見えたものだった。

 ホテル『サンタ カタリーナ』へつづく海岸沿いの道と住宅街はスナップ写真を撮るのに相応しい明るく綺麗な光景だった。

 こうして由来を知ると、何という事のない湿地の貧相な草花集団までも愛しいものに思える。

 どんな花だったか今は記憶があやふやだが、こんな背景が記憶に焼き付いているので、今度M夫人に教わったら完全にインプット出来て、親しみの持てる花の仲間に加わってくれるだろう。

 その後、黄色の花から覚えようとした事は少々無謀だったらしい事が判った。虫媒花の世界では虫に受粉の手助けを頼む必要から虫にとって目立つ色が無くてはならないので黄色は多いのだ言う。

 黄色の色素はカロテノイドだが、赤や紫の色素の元になるアントシアニンと並んで花では二大色素との事である。

 そう云えば花粉症患者に毛嫌いされる松・杉・稲・トウモロコシの様な風媒花も藻などの様な水媒花も花と言うものの、『花』 のイメージからは地味で面白味に欠ける。

 ひと夏の面白い経験だった。             (平成21年3月29日)
 


出典:山渓カラー名鑑「日本の野草」
                                           
 
(注) 小林茂光さんは昭和30年(6期生)卒で東京双松会の役員として会の維持、発展のためご尽力されている方です。


ココをクリックすると小林さんが平成18年6月に投稿された松江市広報誌「松江の皆さんこんにちは」をご覧になれます。




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